留年ファクトリー

日々のことを文字に起こすことにした。留年はしていない(が危うい)。

意味のない特別って誰にでもあるものなのだろうか

しばらくどうでも良い(どうでも良くない)日々を送っていたが、今日の微妙な気持ちは何となく忘れたくないと思い、書き残すことにした。
誰に会うでもなく、何処か特別な場所に行くでもない日であったが、そういう日こそ、私の価値観や、感性が表出するのだ。


昨日のクリスマスパーティーでワインをがぶ飲みした余韻を抱えながら床を立ち、シャワーを浴びた。
今日の予定を確認すると随分厳しいスケジューリングであった。私はついつい、きつい予定を組みがちだ。
諸事情あって夕方に母の運転する車で新潟の祖父母の家に行くのに多摩センターへ向かわなければいけないが、昼に地元で親友と会う約束をしてしまったのだ。
結局、親友との約束を、気を遣ってもらって延期をしてもらった。運の良いことに、私の友人は皆優しく、好きだ。
すると今度はかなり暇になった。
しかし無駄に体力を消費するまいと、途中で乗り換え駅を変更し、そのまま多摩センターに向かうことにした。

草加から多摩センターまでは電車で1.5~2時間ほどかかるので、Apple Musicで音楽を聴いていた。
宇多田ヒカルのアルバム『Face My Fears』が公開されていたので、楽しみにしていたKH3のED曲『誓い』をヘビロテしながらぐじゅぐじゅ泣いていた。
私はよく泣くので、泣く事は大したことではないと感じ始めている。涙より、それに至った感情が何倍もの価値になる。"記憶したか?"
私は自分で愛情深い人間だと思う場合と、我儘で冷たい人間だと思う場合があり、どちらの責任も自分自身にあることが苦痛に感じる。
人を愛することも、傷つけることも同じことなのだと、悲しくなる。だから人は愛しきれないのかもしれない。
しかしながら『誓い』は、愛や恋について語らず、運命を肯定する。ただ単に必然なのだ。どんなに良くったって信じきれなかった彼女はもういないのだ…。
いやはや感動してしまい、隣のおばさんに泣いていることを心配された。優しいおばさんだった。
そうしていると目的の駅に着いた。

多摩センターは、イルミネーションがあったり、サンリオピューロランドがあったり(これは年中であるが)するので、クリスマス当日ともすれば、人は多いのかと思いきや、混雑はなく学生風の若者が多かった。
早く着きすぎてしまったので、本屋に立ち寄ることにした。
私は小説が好きだが大変飽き性なので、読み切れる本とそうでないものがある。
大好きな作家は宮木あや子先生。一番のお気に入りは『雨の塔』。
久々に宮木あや子先生の小説が読みたいと思い、本棚を順繰りに眺めていると、山口百恵著『蒼の時』を見つけた。
軽く立読むと、大変興味深かったので、買うか迷ったが、生身の人の話は今の自分にとって重過ぎて、やめた。
それに、大学の図書館にも置いてあるという話を、山口百恵ファンの先輩から聞いたことがあるので、気が向いたらそちらで読むことにする。
たくさんの本を眺めていると、多すぎる情報量に酔ってしまい、少し気持ちが悪くなった。
結局、これというものもなく、宮木あや子作品も自力では見つけられなかったし、疲れたので、書籍検索機で見つけた『白蝶花』を買った。
第二次世界大戦下の日本で、令嬢とその元に奉公に来た女性が友情とも恋とも違う感情で惹かれ合うが…という話らしい。
百合とは少し違うかもしれないが、女同士(+男)の複雑な関係に一喜一憂したい私にはぴったりであった。
特に時代モノは大好物なので嬉しい。

本屋を出てから、いつもより遠回りして、母の家に向かった。
その道は、本当に遠回りなのだし、景色が良いとか、そこで何があったとかも無く、変哲もない道だが、私にとって特別な道だ。
歩いていると、現在の自分を俯瞰して見ることができると同時に、寂しさや悲しさ、不安や喜びみたいな、様様な感情が沸き上がって、涙がこぼれそうになる。
そういう意味のない特別って誰にでもあるものなのだろうか。
「"エモい"って正にこれだよなぁ」と納得しながら、母の家に着くと、甘い香りがした。
母の家はマンションの一室(母曰くとても狭いが、私は丁度良い広さの部屋だと思う)なので、玄関までリビングの香りが直に伝ってくるのだ。
母はまだ仕事でいないようだったが、ダイニングテーブルの上には、リンゴのパンケーキとゆで卵とバナナが置いてあった。
パンケーキの上に、はちみつのようなマーガリンのような強烈に甘い香りのするものが塗られている。
甘すぎるのだろうが、折角用意してあるので、一切れ別皿に移しレンジに入れた。
レンジで温めている間、ゆで卵の殻をむいて食べた。
腕時計を見ると午後3時であったが、そういえば朝も昼も食べていなかったことに気がついた。
テレビの前の小さなローテーブルには、小筆と硯、Monblancの万年筆とインクボトル、そして名前と住所のリストがあった。
母は毎年、100枚以上の年賀状をすべて手書きで書く。
古い人なのだ。

まだ出発までに時間もあることだし、これから『白蝶花』を読もうと思う。
リンゴのパンケーキは、やはり甘すぎたが母の味がして涙がこぼれた。